今、マタギ文化が途絶えようとしている、時代がそれを必要としなくなるからか。
例えそうだったとしても、マタギ文化は後世へ引き継ぐべき文化だと思う。
子供たちや若い人達に知ってもらいたいことは、自分の命は多くの動植物の命に支えられている事を、忘れてもらいたくないからだ 。
マタギ達は熊のことを「山神様の授かり物」だという、タダの獲物、食料ではないのだ。
摂った熊は鯨と同じで全て利用した、驚くことに撃ち取ったばかりの熊の腹の中に頭を突っ込み、顔を鮮血で染め血を飲んだという。
スーパーのパック詰めの素性の分からない肉とは違い、そこには一つの生命を奪いそれを食い、生きるという圧倒的な現実と対峙する人間の姿がある。
だからこそマタギは仕留めた熊を頭は北に向け、小枝で熊の背中をさすりながら熊の霊を讃え、山の神に感謝を述べる。
「食う」ということがカロリー計算しかできなくなった現代人とは違い、マタギの根底には命を奪い食うということに、感謝と畏れ(もしくは恐れ)が同居している。
現代人の行き過ぎた肥満は身体の病気などではなく、心の病気である、オレはそう思う。
際限なく食うということは動植物に対して、尊厳と感謝がスッポリ欠け落ちている。
一つの生命を奪いそれを食うということは、その者と一緒に生きるという旅をする事だとオレは解釈している。
それ故、人は邪悪な生き方をするべきではない、真っ当な生き方をするべきである。
今、マタギ文化といわれるものは廃れかけ消滅するかもしれない。
けれども、先人達が伝えてきたマタギ文化は、一方で飢餓が蔓延する国や、飽食の蔓延する国に対して根源的な答えがあるような気がする。
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【映画・マタギ】
もう、このような本物の熊を使ったりした映画はできないような気がする。
マタギ達は、ハンターと同列に扱われるのを最も忌み嫌う。
マタギは動物を狩るけども、山の動物と共に生きる人間でもある。
西村晃、主演の映画「マタギ」この作品を覧て彼に対する評価が変わった。
ちなみに彼は特攻隊の生き残りでもある。
価格:3,693円 |