【避暑に出かけました】
ロッドもリールも置いてきた。
持ってきているのは椅子とテーブル、リュックの中は蕎麦と枝豆そしてチョコを挟んだフランスパン、あとカメラと読みたい本。
流れの中に椅子とテーブルを置いて、飯食って本を読むそれだけ。
悪いことにガスを忘れてきた、コーヒーを沸かせない。
水でコーヒーを入れることにした、渓流の水を飲んでみるとヌルい、冷たくないヌルいのだ。
これじゃヤマメやイワナは避暑に出かけているだろう。
【自分一人だけの世界】
渓流の水で蕎麦を洗い、ざる蕎麦を二つ作った、一つは自分の分もう一つは山の神様。
足を水の中に入れて飯食ってると、世の中ドーでも良くなってくるような気がする。
コロナも仕事も実態感が薄れてくる。
パラパラ本をめくって読んでいると、紙が眩しい、紙が光を反射して眩しい。
川の両岸は垂直に切り立った岩場、その岩場の回廊の底でポツンと一人で本を読んでいると妙な安心感がある。
【とりとめのない話し】
ここは釣り人がほとんど来ない場所、いつもは深くて中々来られないが渇水期になると腰まで水に浸かるが来られる。
こんな所でお茶なんか飲んでいるのは、たぶんオレだけだ。
ここで話は変わるんだけど、比叡山の千日修行は命懸けで辛いとは思う。
だけどサ、好きだからやれるみたいな感じがする。
批判を覚悟でいうけども、あんなハードなこと好きでなけりゃ、やってられない。
嫌な奴とは顔合わせなくても良いし、大して尊敬もしていない奴にペコペコ頭下げなくてもいい。千日間は自分一人だけの世界、何て素敵な世界なの・・・と思ったりする。
それよっか、毎日会社に行って安給料で子供を育て、ヒーヒーいいながら税金払っている一般人のほうがよっぽどスゴいと思う。
そして、修行僧は寺にこもる。
オレはそこに疑問を感じる、街に出ろ、街に・・・・と思ってしまう。
イエスだって街に出たじゃないか・・・・書いてしまった。
つい、本音が出てしまった。
一人渓流の中で椅子に腰掛け飯食ってると、世の中の一切合切がドーでもよくなってしまった。