【爺様の船】
だいぶ前になるけど、親父と二人でシロギスの投げ釣りに出かけた。
砂浜で釣っていると、どこからともなく一人の爺様がオレ達の後ろに立った。
三人はお互い挨拶を交わし、釣りの話になった。
爺様がいうには、歳のせいで漁師を引退したが小遣いが欲しいから、小さい船だけど格安で船を出してやる、というのだ。
オレと親父はもちろんその話に乗った、岸から100メートル離れればそこは天国だ。
それで連絡は電話で(固定電話)する事になった。
今だったら携帯で入力できるけどその頃はなく、爺様が落ちていた木の枝で砂のうえにデッカク電話番号を書いた。
オレは数字が苦手だった、数字の羅列を見るのは苦痛そのものだった。
でも親父はオレと真逆で、数字の羅列から情報を取れる人だった。
親父はすぐに電話番号を覚えた。
帰りのクルマの中で、すぐにでも船釣りをしようということになった。
二週間くらいの後だった、爺様の家へ電話し船の予約を入れることになった。
「○○様でしょうか」
「お爺様の△△さん、はいらっしゃいますか?」
すると、微妙な間をおいて電話に出た女性は答えた。
「△△は亡くなりました」
「へっ?・・・・・・」
し、し、亡くなったーー、オレは釣り船の件を相手に告げ、電話を切った。
あんなに元気そうだった爺様が亡くなった、爺様には失礼だが最初に頭に浮かんだのは、船だった。
〝岸から100メートル離れれば天国だ〟、はアッサリ消え去った。
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【砂の上の不思議なオブジェ】
よく釣りに行くサーフがある、以前は釣り人がいなくオレ一人の貸し切り状態だった。
しかし、最近釣り人が多くなった、オレは人混みの中で釣るのは好まない、オレは静かな生活が好きなのだ。
その場所に通い出して、奇妙なオブジェというか不思議な〝芸術作品?〟があるのに気づいた。
長い木の枝が砂の上に立ってて、その先端にはゴムの長靴が掛かってたりして、明らかに浜に打ち上げられたゴミで〝何か〟を制作しているのだ。
その新作〝芸術作品〟はいつ行っても更新されていて、絶えることがなかった。
暇な奴もいるもんだ、そんな感想しかなかったけど時々「おーーー!!」と思える、奇妙な作品があることもあった。
そんなとき、〝芸術作品?〟の制作者と会えた。
3月に海のサクラマスを釣りに行った、海が穏やかで青空が広がる日だった。
70歳過ぎの爺様で、砂浜をテクテク歩く老人がその人だった。
爺様は健康のため、歩きにくい砂浜を毎朝散歩するのだそうだ。
痩せた爺様だけど、しっかりとした歩き方だった。
爺様はタダ歩くのはツマラナイと思い、そこら辺に流れ着いた物で、とにかく〝芸術作品?〟を制作し出したそうだ。
そんなもんだから、たまに意表を突くようなブットんだ〝芸術作品?〟ができる、もしくは生まれる。
爺様の中には開花することのなかった「芸術家の魂」が、そうさせるのだろう。
オレはこれから釣りだそうとソワソワしていたが、赤の他人の爺様との会話が楽しく、オレにしては珍しいことだった。
爺様は釣りをしたことがなく、今度はオレが釣りを教えると、実行できるか分からない約束をしてオレ達は別れた。
あれから4年が過ぎた。
オレ達は再会できないが、昨日釣りに行くと明らかに爺様の作品があった。
爺様は元気でいらっしゃるようだ。
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